四旬節についてのシリーズ。まだまだ続きます。先日校長先生が「祈り・苦しみ・チャリティ」の関係についても説明してくださいました。チョッとおさらいをしてみましょう。

 

 実は3年前にもお話ししていますが、「主の祈り」にみられる「わたしたちの日々の食べ物を、今日もお与えください」という件(くだり)を、みなさんはどのような気持ちで唱えているでしょうか? みなさんが祈る時「わたしたち」とは具体的にだれを指していますか?

 

もしあなたが「日々の食べ物に困る」という苦しみを経験していれば、主の祈りに込める思いはまるで違ったものになるでしょう。もしあなたに「手を差し伸べた人が笑顔を取り戻した」経験があれば、祈りに込める思いは一変するはずです。ピアノやジャグリングなど、自分の得意なことを通してチャリティを実践した経験があれば、祈りと慈善と苦労の関係を理解し、自分の祈りをもっともっと深めることができるでしょう。

 

 今年もフィリピン語学研修が実施されます。自分とは一体何者か? 何に向けた命を生きているのか? 真に祈ることの意味といい加減に祈ることの無意味について、様々な苦しみの意味と無意味について、手を差し伸べることが実は自分を救うという真理について、そして、それらの体験を通して「どのように自分の存在を意味づけして行けるか」、日常を離れた場で学んで欲しいと思います。あなたが探求し、あなたが体験し、あなたが考え、あなたが見出す。この過程こそがあなたの召命を明らかにして行きます。もう、自分を過小評価するのは止めて、世界を見えているままに過小評価するのも止めよう。そこは、あなたの舞台です…。

フィリピン語学研修

(写真は2023年フィリピン語学研修より)