朝の話|鳥越校長
2026年06月30日
当たり前が当たり前じゃない時代に苦しみを味わった「何者でもない」女性たち NHK朝ドラに流れるメッセージ
身の回りにある「当たり前」をいくつか挙げてくださいと言われれば困ってしまいます。「当たり前」はすでに与えられた空気みたいなもの。だから「当たり前」について改めて考えてみることはあまりありませんね。まさに take it for granted that . . . です。
「当たり前」の元々の意味は「当然そうなるはず」「それが道理に叶う」ですが、歴史を振り返ると「道理としてそうなるはず」なことが「当たり前」ではなかった時代がありました。そして人々がその「当たり前」を獲得するために闘い苦しんだことも事実です。
例えば普通選挙権、現在では18歳以上のすべての日本国民には選挙権があります。当たり前と思いますよね。でも明治初期、選挙権を持った男性は人口のわずか1%に過ぎませんでした。ほとんどの男性には選挙権がなく、もちろん女性にもありませんでした。女性は「何者でもない存在」として社会の辺境に置かれ、「透明化」されていていました。
そんな中「それは当たり前ではない」と声をあげた女性がいました。明治期には岸田俊子さんが自由民権運動の立場から女性の権利を訴え、その系譜を継ぐ形で、市川房枝さん、平塚らいてうさんらは「女性も社会の構成員であり、政治参加する権利があるべきだ」と女性の参政権運動を展開しました。
男性と女性が同じ条件で国政選挙に参加できる、この当たり前が実現したのは第二次世界大戦後1945年でした。そして1947年制定の日本国憲法によって、法の下の平等と普通選挙権が保障されることになります。岸田敏子さんたちが声を上げてから「当たり前」「普通」が実現するのには、実に60年以上の歳月が必要だったわけです。
最近のNHK朝ドラはこのような「何者でもない」女性たちにスポットライトを当て、彼女たちの苦しみや葛藤に寄り添っているように感じます。私たちが他者にリスペクトを示す時、その人の背景にある苦難の歴史というものも知っておく必要があるでしょう。それがAffirmative Actionの根底にある考え方です。
