朝の話|鳥越校長
2026年02月10日
サレジオ会日本管区の歴史に見られる東アジア諸国との互恵的関係
2月1日、4日の中学入試でお手伝いをしてくれた高校2年生ありがとうございました。もちろん中3の皆さんも学年閉鎖がなければ “Faccio io”の精神を発揮してくれたと思います。
そして先週土曜日にはサレジオ会東アジア・オセアニア地区顧問のウィリアム神父様方の歓迎式では司会、サックス四重奏の吹奏楽部、100周年テーマソングの軽音楽部の演奏、日本管区の歴史研究発表をしてくれた歴史班、さらに神父様方を暖かく歓迎してくれた全校の諸君に感謝します。神父様方はとても喜び、また皆さんのパフォーマンスに感銘を受けていました。
実は土曜日のお客様方は東アジアのサレジオの歴史を象徴しています。
ドンボスコの弟子たちはまず中国に派遣されました。1906 年のことです。1906年と言えばまだドンボスコが亡くなって30年と経っていない時です。団長はヴェルシリア司教。このヴェルシリア司教はのちにカラバリオ神父とともに広東省で殉教されました。1922年、中国は日本を含めた東アジアの拠点として管区となりました。1926年チマッチ神父が日本に来る途中上海に立ち寄り中国の人々に歓迎されたそうです。日本のサレジオ会は当初から中国管区に大変お世話になったわけです。その約10年後1937年日本は正式に管区として承認されました。
1954年イタリア人宣教師アルキメデ・マルテリ神父が日本から韓国に派遣され、ここに韓国でのサレジオの歴史が始まります。韓国は1999年に一つの管区となりました。
つまり東アジアのサレジオの歴史をまとめると中国管区が長男、日本管区が次男、そして韓国管区が三男というわけです。
このようなわけで、日本管区創立100周年記念式典には東アジア・オセアニア地区顧問のウィリアム神父様、中国管区のドミンゴス・レン管区長、韓国管区のマルチェッロ・ベック管区長をお招きしたわけです。
サレジオ学院もそのメンバーであるアジアのサレジアン・ファミリーの歴史を紹介しました。

追伸 2月8日(日)東京カテドラルで行われた「サレジオ日本管区創立100周年記念式典」で、本校カトリック研究会の有志生徒による寸劇が披露されました。

