朝の話|鳥越校長

2026年01月09日

3学期始業式「学校長の話」

2学期終業式の復習です。「クリスマスのメッセージ」とはなんだったでしょうか? それは、神様が人々を救うために「身をやつして」人間となったということです。そしてそれは、ノブレスオブリージュの最高の形でもあります。


ノブレスオブリージュ(フランス語)の意味は、「高貴さは(人に)義務を負わせる」「恵まれた者には相応の責任がある」です。英語ではbe obliged to(社会的、立場による義務、恩義)「義務付けられている」「やらなければならない」ですが、注目すべきは受動態であること。つまり、他者としての主体が「義務付ける」者として想定されているのです。ここでいう他者とは、内なる声、良心、倫理観、価値観、規範意識なども含まれます。


倫理、規範に関してドイツの哲学者カント (1724~1804)は定言命法を唱えました。定言命法とは「誰にでも当てはまる『やるべきこと/していいこと』(普遍的妥当性)」です。「欲望、目的、利害を前提とした『〜したいなら/〜を避けたいなら』という<条件付き>の命令ではありません。


しかし「誰にでも当てはまる」と言っても、すべての人が普遍的妥当性を持つ定言命法の命ずることに従っているわけではありません。つまり「誰にでも当てはまる」は、内から湧き起こる<規範意識>に従うことが前提となっています。それが「自律的な存在」となるということです。


「自律的な存在」となるために「外からの規則に従うことから自分の内にある規範に従うことへの成長」が必要です。例えば校則という外から与えられるルールを土台としつつも、そこから自ら判断し正しいことを行う自律できる存在となることが求められます。校則は規範意識を持つための道具でありそれに留まってしまってはいけません。ある意味校則をメタな視点で俯瞰することも必要となります。「規則から規範へ」ということは、この1年間折に触れて述べてきたことでもあります。


「自律的な存在」となるということをもう少しサレジオ的に言ます。
「神様からの声を聞くことのできる場」
「神様と出会う恵みの場」
「自分の召命の方向性を具体化する場」
このような場所に向かうことが「自律的な存在」となるということです。
それと同時に、一人一人自律するために、「抗う」気概ももちろん大切です!


ノブレスオブリージュに関連して「女性学」の権威である東京大学名誉教授上野千鶴子先生の2019年東大の入学式の講演を視聴しましょう。内容は「ノブレスオブリージュ」にも通じる部分があり、上野先生の「自分の頑張りだけで東大に入ったと思ってはいけない。」「恵まれた環境と能力を恵まれない人を助けるために使って」という指摘はとても大切なことを語っていると思います。


3学期も頑張っていきましょう。


このページのトップへ