おはようございます。ゴールデンウィーク中に元号は平成から令和に変わりました。西暦が直線的に数字が一つずつ積み重なるのに対して、元号はある周期で名前自体が変わるため繰り返し「節目」が訪れ、そこからその前後の「変化」というものに自然と意識が行きます。効率を考えると西暦の方が便利ですが、元号があるからこそ「見つめ直す機会」が与えられていると考えることもできるでしょう。

 

令和という元号の命名背景には文化というものにある層、人間の営みの連続性というものがあるように思います。どの文化も完全に独立した固有なものではなく、時間的、地理的に互いに共鳴しあって存在しています。万葉集が日本固有もの、国書であるとともに、それが中国文化に由来し影響を受けたものであることは、一つの文化の固有性を把握したと思った途端、それが単に「違い」、「差異」として立ち現れ手からするりと逃げてしまう側面も持っていることを意識させます。

 

いずれにしても色々な意味での「変化」に直面している私たちは否応無く立ち現れる「変化」にどう向き合っていけばよいかを問うことは生きる上で大切なことでしょう。

 

アメリカの神学者ラインホルド・ニーバーという神学者の祈りを紹介します。

Father, give us courage to change what must be altered, serenity to accept what cannot be helped, and the insight to know the one from the other.

「父よ、私に変えなければならないものを変える勇気を、
変えられないものを受け入れる落ち着きを、
そして両者を見分ける洞察力を与えてください。」