朝の話|辻家神父
2026年09月26日
サレジオ祭の光を、日常へ
おはようございます。皆さん、サレジオ祭、本当にお疲れ様でした。
聖書の中に、「あなたがたは世の光である」という有名な言葉があります。
サレジオ祭の二日間、私は学校のいたるところで、皆さん一人ひとりが「光」として輝いている姿を見ました。普段とは違う皆さんの一面を見た時、「あ、この生徒はこんな顔も持っているんだ」と、うれしく思うこともありました。ステージで輝く人、裏方で仲間を支える人、心のこもったおもてなしで誰かを笑顔にする人。目立つところにいる人も、そうでないところにいる人も、誰もが誰かにとっての光でした。来てくださった保護者の方々やお客さんも、そんな皆さんの姿に触れて、たくさんの笑顔になっていました。その裏には、皆さん一人ひとりの努力と、仲間を支える優しさがありました。先生たちは、そんな皆さんの姿をしっかりと見ていました。素晴らしい時間と感動をありがとうございました。
さて、楽しかったサレジオ祭が終わりました。中には、「サレジオ祭が終わってしまって寂しいな」と、いわゆる「サレ祭ロス」になっている人もいるかもしれません。でも、サレジオ祭という舞台が終わっても、皆さんの光が消えるわけではありません。サレジオ祭で皆さんが発揮した「仲間と協力する力」や「何か新しいものを作り出す力」は、祭りが終わったからといって消えてしまうものではないのです。これらはすべて、皆さんの中にしっかりと残っています。大切なのは、サレジオ祭で得た力を、今度は「何気ない日常」の中で生かしていくことです。
今日からの授業、部活動、そして次の目標に向けて、サレジオ祭で得た絆と自信を胸に、一歩ずつ進んでいきましょう。そして、日常の中でも、周りの人を温かく照らす「世の光」として、一人ひとり歩んでいきましょう。
