朝の話|阿部神父

2026年02月26日

外交官・陸奥宗光の人生

 以前、日本経済新聞で陸奥宗光の人生を描いた連載小説を読んでいました。その後、完結して単行本化されました。『陥穽(かんせい)——陸奥宗光の青春』(日本経済新聞出版社、2024年)。560頁ほどの巨大な本です。しかし波乱万丈の外交官の人生は破天荒です。


 西郷隆盛が教え子たちの反乱に加わって彼らの想いに付き合って人生を終えた西南戦争の際に、坂本龍馬の弟子の陸奥宗光(1844-97年)も便乗して別の場所で反乱を起こし、明治政府の横暴を糾して「立憲議会制」の確立を目指しましたが、明治政府転覆罪として政府から無期懲役の処罰を宣告されて獄につながれ、恩赦によって四年四か月後に釈放されました。『陥穽』を書いた辻原登氏は頭脳明晰な陸奥宗光の誤算、つまり判断ミスの意味を考え抜きました。陸奥宗光による反乱が、果たして気高い志によるものか、あるいは私的な野心によるものか、実は謎のままです。


 人間は気高い志によって生きるのか、それとも私的な野心によって生きるのか、という問いは今日の私たちにも投げかけられています。皆さんはどのように考えますか。私は自分の経験にもとづいて、気高い志と私的な野心とは重なっていると考えます。両者は切り離せません。若い頃は気高い志だけで前に進めますが、年を重ねるにつれて生き残るための妥協やおもねりが出てきて、損をした分を取り戻してもよいかもという私利私欲も生じて私的な野心が燃え立つものです。しかしいかに物事を私物化しようとも、心の底には若い頃からの気高い志が隠されていたりするものです。そう考えると陸奥宗光の人生もまた割り切れない人間の現実そのものであったと言えそうです。


 晩年の陸奥宗光は日清戦争外交秘録として『蹇蹇録(けんけんろく)』(中塚明校注・新訂、岩波書店、1983年)を書き遺しました。若い頃は挫折の連続で、一念発起して向こう見ずな政府転覆を図った陸奥宗光ですが日本外交史に名を遺す活躍をしました。

 

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