朝の話|阿部神父

2026年01月22日

怒りについて

 古代ローマ帝国の政治家であるとともに哲学者のセネカ(紀元前4年頃-紀元後65年)。彼は69年の激動の生涯を走り抜きました。セネカの代表作が『怒りについて』という著書です。彼はネロ皇帝に仕え、いくどもいさめました。そして最期は自分の死をもって皇帝の心をただそうとしました。風呂場でお湯につかりつつ手首を切って、出血多量で亡くなりました。常に冷静に物事の移り変わりを眺めて適切に対応したセネカはいのちをかけて皇帝の生き方を正しい方向へと導くために抗議しました。彼の言葉を紹介します。


 「なぜわれわれは戦いへと突進するのか。なぜ抗争をわが身に招くのか。なぜ己の弱さを忘れて途方もない憎悪を抱き、すぐ壊れる身なのに破壊に向かって立ち上がるのか。そんなに執念深く敵意を燃やしても、熱病か何かその他の身体の変調がやめさせるだろう。そのうち、闘志みなぎる両者のあいだに死が割って入るだろう。なぜわれわれは暴動に明け暮れ、反抗しては人生をかき乱すのか。」(セネカ[兼利琢也訳]『怒りについて 他二篇』岩波書店、2008年、261-262頁)。


 この叫びは、戦争の多発する今日も響きます。しかも集団的な戦争も個人的な人間関係も、ともに「怒り」を増幅するという共通性を備えています。


「むしろ、君は短い人生を大事にして、自分自身と他の人々のために穏やかなものにしたらどうだ。むしろ、生きているあいだは自分を皆から愛される者に、立ち去る時には惜しまれる者にしたらどうか。なぜ君は、あの高所から君をあしらう者を引き下ろそうと欲するのか。なぜ君は、あの君に吠えかかる男を、卑しく惨めだが、上の者に辛辣でうるさい奴を自分の力でへこませてやろうとするのか。なぜ奴隷に、なぜ主人に、なぜ王に、なぜ自分の子分に怒るのか。少し待つがいい。」(前掲書、262頁)


 国家レベルでも個人レベルでも忍耐強く怒りを鎮めて穏やかに生きること(中庸な生き方を標榜して日常生活の平静さを重視するストア派哲学の方針)がセネカの目標でした。しかし彼自身は激しい抗議の死を選んだので人生を穏やかに全うできませんでした。ところが憎まれ役は自分で引き受けるという責任感の強さが彼を急がせたのです。それゆえ『怒りについて』という作品は、果たされなかったセネカの気高い理想でした。

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